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人に好かれる6原則


6.重要感を与える-誠意を込めて


ニューヨークの八番街にある郵便局で、

わたしは書留郵便を出すために行列をつくって順番を待っていた。

書留係の局員は、くる口もくる日も、きまりきった仕事にあきあきしているようすだった。

そこで、わたしは考えた――、


「ひとつ、この男がわたしに好意を持つようにやってみよう。

そのためには、わたしのことではなく、彼のことで、何かやさしいことをいわねばならない。

彼についてわたしがほんとうに感心できるものは、いったい、何だろう?」


これはなかなかむずかしい問題で、ことに相手が初対面の人では、なおさら容易でない。

だが、この場合には、偶然それがうまく解決できた。

実にみごとなものを、見つけ出せたのである。



わたしは、心をこめて、こういった――

「美しいですねえ、あなたの髪の毛-うらやましいです!」

おどろきをまじえてわたしを見あげた彼の顔には、微笑がかがやいていた。

「いやあ、近ごろはすっかりだめになりました」。彼は謙遜してそういった。

以前はどうだったか知らないが、とにかくみごとだと、わたしは心から感心していった。

彼の喜びようはたいへんなものだった。


彼はうきうきとした気持で、昼食に出かけたことだろう。家に帰って細君にも話しただろう。


鏡に向かって「やっぱり、すばらしい!」とひとりごとをいったにちがいない。



わたしが何かを期待してはない。

他人を喜ばせたり、ほめたりしたからには、何か報酬をもらわねば気がすまぬというようなけちな考えを待った連中は、当然、失敗するだろう。


わたしの望んでいたのは、金では買えないものだ。

そして、たしかにそれを手に入れた。

彼のためにつくしてやり、しかも彼には何の負担もかけなかったというすがすがしい気持が、それだ。

こういう気持は、いつまでも楽しい思い出となって残るものなのである。


人間の行為に関して、重要な法則がひとつある。

この法則にしたがえば、たいていの紛争は避けられる。

これを守りさえすれば、友はかどりなくふえ、常に幸福が味わえる。

だが、この法則を破ったとなると、たちまち、はてしない紛争に巻きこまれる。


この法則とは‐‐-

「常に相手に重要感を持たせること」。


重要な人物になりたいという願望は人問のもっとも根強い欲求だ。

人間性の根元をなすものは、他人に認められたいという願望だ。


この願望が人間と動物とを区別するものだ。


人類の文明も、人問のこの願望によって進展してきたのである。

人間関係の法則について、哲学者は数千年にわたって思索をつづけてきた。

その思索のなかから、ただひとつの重要な教訓が生まれてきたのである。


三千年前のペルシアで、ゾロアスターはこの教訓を拝火教徒に伝えた。

二千四百年前の中国では、孔子がそれを説いた。

道教の開祖、老子もそれを弟子たちに教えた。

キリストより五百年早く、釈迦は聖なる川ガンジスのほとりで、これを説いた。

それよりも千年前に、ヒンズー教の聖典に、これが説かれている。

キリストは千九百年前にユダヤの岩山で、この教えを説いた。


キリストはそれをつぎのようなことばで説いた

(世のなかでもっとも重要な法則といえよう)--

「すべて人にせられんと思うことは人にもまたそのごとくせよ」。

人間は、だれでも周囲のものに認めてもらいたいと願っている。


自分の真価を認めてほしいのだ。

心からの賞讃には飢えているのだ。


それを、「いつでも」、「どこでも」やってみることだ。




D.カーネギー

人を動かすより


ゆたか
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